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HATTORI食育クラブ 服部幸應コラムNo.15

木と森をみる医学

果物は切り方で味が変わるといいます。味にかかわる酸度や糖度の影響でしょうか。
酸度を低くするような切り方をすれば相対的に甘くなる、といったことが考えられますが、おいしさは切る人の経験や感覚によるところが大きいでしょう。日々の食事でも、料理人のさじ加減で食物がさまざまに変化していることが予想できます。

自然は時間や温度、周りとの関わりによって変化していくものです。先人は自然や、自身も自然物であることを重視していましたから、健康を保つ医療にも生物の多様さや変化をふまえていました。東洋医学では、食物の薬効を高めるために手を加え漢方薬にし、調合して相乗効果をとりいれています。

現代の医療は西洋医学が主流であり、東洋医学は代替医療の位置づけです。歴史ある東洋医学は明治時代に非科学的とされて陰をひそめてしまいましたが、むしろ科学が発展するほどに、WHOが伝統医療として認定するなど見直されてきました。たとえば治療法のひとつである気功は、本メールマガジン第9号でご紹介した生物フォトンとの関連が指摘されています。またみかんの皮は陳皮といわれる漢方薬であり、風邪や咳止めの薬とされていましたが、ビタミンCやヘスペリジンという成分などが発見され、科学的に裏づけされています。むしろ漢方薬は微妙な割合でいくつかの生薬を、個人の体の状態などを見ながら調合されるので、作用を数値化することは現代の科学では困難です。

では東洋医学とはどんな医学で、何に有効なのでしょうか。西洋医学と比較しながら見ていきましょう。

まずは東洋医学の診察方法について。患者に症状をたずねる問診、声や咳の音を聞いたり、においを調べる聞診、患者の顔色や動き、患部、舌などを観察する望診、患者の脈や腹を調べる切診という四診が基本です。西洋医学は症状のある器官ごとに診察されますが、東洋医学は病気ではなく人をみるといわれ、すべて同じ診察方法になります。

そして患者をさまざまな角度から診断するための理論があります。傷寒論、陰陽論、五行説、気血水論、臓腑経絡論、三陰三陽論、温病論、虚実論などです。どの理論もあらゆる臓器や体のシステム、食べもの、自然、症状などの関係性を示しています。
たとえば陰陽論では、この世界のものはすべて陰と陽にわけられ、たがいに反発、影響しあっており、陰陽のバランスを重視します。太陽は陽、月は陰。男性は陽、女性は陰。地中に向かっていく植物は陽、太陽に向かっていく植物は陰、主に陽の食べものは体を温め、陰の食べものは体を冷やす傾向にあるなどとされますが、時間の経過や場所、関係に応じて絶えず変化しています。
陽にも陰にもかたよらないことが理想であり、病変があればバランスを保とうと体が反応することから、体内で何が起きているかを判断します。個人差、状態をみながら病気を総合的に診断し、個人に合った治療法を見出していくのです。東洋医学では証をつかむといいます。

東洋医学での治療は漢方薬、鍼灸、あんま、気功などです。患部を治療すると同時に体全体のバランスをとらせ、人自身の回復力を高めることに重きがおかれます。食べものは薬であるという考えがあり、毎日の食事で健康的になる「食養」、食べものの薬的な面を生かして食事で病気を予防する「食療」、食療に漢方生薬を加えて薬効を高める「薬膳」があります。
現代栄養学では食物の成分、たんぱく質やビタミン、エネルギーなどのバランスをみますが、薬膳では栄養素は「水穀の精微(すいこくのせいび)」とくくられ、また酸、苦、甘、辛、鹹(かん)の五味、熱、温、平、涼、寒の五性で分類され、食物自体の薬効をみます。大根をみてみると、生では寒、加熱すると平、しょうがと一緒に料理すると温になります。人と同じく個性あるものとし、総合的に食物をとらえています。

西洋医学や栄養学では人や食べものを器官や成分、機能ごとに分類してディテールを分析し、東洋医学では経験、知識、感性を駆使して自然や人間、食べものを総合的に関連づけ、個人にあわせた医療をしているといえます。

最先端技術の西洋医学とバランスをみる東洋医学は、互いに手の届かないところを補いあえるので融合することが理想です。現地点では安全な治療が確立されている病気や外科手術が必要な病気、感染症などは西洋医学、病気の予防や慢性病、不定愁訴、薬の副作用の軽減などには東洋医学が向いています。

じっくり愛情を込めて作る料理と、ぞんざいに作る料理では同じ素材でも味が違います。同じりんごでも、どのように切ってくれたかで味も、感じ方も変わるのかもしれません。

愛情ある料理の効能は科学的に解明できなくとも、私たちの経験と感覚を信じるなら、健康に良いことは間違いないでしょう。

果物はいかに果物になったか

果物の語源と、放つ色や香りのルーツをご存知でしょうか。
昔は木になる実のことは柿もりんごもみかんも梅も、すべて「もも」と呼ばれていました。野生の実には全体に産毛のような短い毛が生えており、木になる実(毛毛)、木の毛毛、木のもも、このもの、くだもの、と変化していったためです。
さて、なぜ果物は美しい色、素晴らしい香りを放つのでしょうか。野生の植物は皆、生物の本能として子孫を残し増やすことを望んでいます。果物も同様で、木から落ちた実の種からだけ増えたのでは、木の周りの栄養を取りあったり、また根の張りあいで親子の争いになってしまいます。そこでできるだけ遠くへ種を運べるように、美しい色や芳醇な香りを放って鳥や動物をおびきよせ、種を運んでもらい繁栄するのです。完熟した時に放つ香りや味は、私たちにも恩恵を与えてくれています。

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